安房神社 安房神社
祭神
【上の宮】
 天太玉命 天比理刀当ス
【下の宮】
 天富命 天忍日命
 
旧社格等
 式内 安房国安房郡
 安房坐神社
 名神大 月次新嘗
 
 安房国一の宮
 
 旧官幣大社
 
住所
 千葉県館山市大神宮589
神社 御由緒 (神社境内掲示より抜粋)
 
房総半島の南端神戸郷に鎮り坐す旧官幣大社安房神社は、天太玉命を主祭神に天比理刀唐配祀として奉斎し、摂社下の宮には天富命を祀る。
延喜の制には大社に列せられ、名神祭に預る安房国唯一の由緒潔き名社である。
本社の祭神天太玉命は中臣氏の祖神天児屋根命と相並んで天照皇大神の側近に奉仕し祭祀を司どられた重要な神に坐します。
天照皇大神が天石窟に御幽居あらせられた時には、天太玉命は天児屋根命と共に大神の出御を祷り遂に再び大御神の天日の如き御威徳を仰ぎ奉られたのである。
安房開拓の神として当社の下の宮に祀らるゝ天富命は、天太玉命の御孫にあたらせられる。
天富命は四国の阿波国忌部族の一部を割いて関東地方に大移動を越し、最初に占拠されたのが房総半島の南端、即ち現在の安房神社の鎮座地であって茲に本拠を定めて祖神天太玉命の社を立てた後、次第に内地の方に進みこの半島に麻穀を播殖しその産業地域を拡められたのである。
安房神社の御祭神は日本産業の総祖神として崇められ更に現在では家内安全、交通安全守護神、厄除開運等、関東地方随一の神社として信仰が厚い。
 
 千葉県館山市は房総半島の南端に位置し、黒潮が流れ温暖な気候に恵まれた房総観光の中心都市です。安房神社にはこの黒潮に乗ってこの地にたどり着いたという開拓神とその祖神が祀られています。
 
 神社は館山市 相浜の海岸から1km程内陸に入った地に、吾谷山の北東に面して鎮座しています。
 
吾谷山
参道と吾谷山
一の鳥居
一の鳥居と長い参道
 駐車場に車を止めると白い大きな鳥居が目に入り、そこから整えられた長い参道が続いています。二の鳥居を通って右手の道を進むと摂社「下の宮」があり、正面を道なりに進むと授与所、厳島社、本社「上の宮」があります。
 
 安房神社の鳥居は皆白色で統一されており、境内も砂利が敷き詰められていて全体的に明るく清らかな印象を受けました。
 
 社伝によると当社の成立は神武元年まで遡るそうです。
 
 初代天皇である神武天皇から国土開発の命を受けた天富命は忌部の一族である天日鷲命の後裔を率いて、まず四国の阿波に渡りました。ここで穀(かじ・紙の原料)や麻の栽培を拡めた天富命は開拓の手を休めることなく、更に肥沃な地を求めて海路黒潮に乗り遥か東国へ旅立ちました。
 
厳島社(磐座)
厳島社(磐座)
 
 そして房総南端にたどり着いた一行は、肥沃な土地を探し出しふたたび麻や穀を育てると、格別にいい麻が収穫できたので、その地を麻を意味する古語である「総」を用いて「総の国」と名付け、上陸したところを阿波(後に安房)と呼び、そこに天富命の祖父にあたる天太玉命を祀ったのが安房神社の始まりと伝えられています。
 
 事実、鎮座地の歴史は古く、昭和7年に境内地から海蝕洞窟が発見され、発掘調査によって人骨22体のほか縄文土器や古墳時代の遺物が出土し古代人の墓所であることがわかりました。
 
 また、境内には古代の磐座と考えられる巨岩が露出しており、現在はその一部をくり抜いて「厳島社」が祀られています。
 
 
二の鳥居
二の鳥居
 
琴平社
琴平社
 
安房神社拝
安房神社拝
 
 安房神社拝殿は鉄筋造り、本殿は神明造りで祭神として天太玉命を、相殿神として天太玉命の后神である天比理刀当スを祀っています。
 
 過去には天日鷲命・手置帆負命・彦狭知命・櫛明玉命・天目一箇命の忌部五部神や天日鷲命・天神立命・大宮売命・豊磐窓命・櫛磐窓命の五神を相殿神として祀っていた時期もあるようです。
 
 
安房神社本殿
安房神社本殿
 
安房神社御仮屋
安房神社御仮屋
 
 拝殿の右手には琴平社があり、左手には御仮屋があります。御仮屋には左から白浜・下立松原・日吉・八坂・犬石・熊野・相濱・布良崎・洲宮の各末社が祀られています。
 
 下の宮には忌部一族を率いて房総の地を開拓した天富命と天忍日命が祀られています。
 
安房神社「下の宮」
安房神社「下の宮」
御神水
御神水
 
下の宮本殿
下の宮本殿
 

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     安房神社 訪問 2005/2
          登録 2007/12/16