腰掛神社(こしかけじんじゃ)
腰掛神社  
 祭神

  日本武尊
  大日霊貴命
  金山彦命
  白山彦命
  宇迦之御魂命
 
 
 旧社格等

  旧村社
 
 
 住所

  神奈川県茅ケ崎市芹沢
2169
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神社 御由緒
 
 
 『相模風土記』に「腰掛明神社 村の鎮守ナリ、大庭ノ神 腰ヲ掛シ旧跡ト云伝フ。想フニ旅所ノ跡ナドニヤ。小石一顆ヲ置神躰トス。本地大日。寛永十二年八月十九日勧請爾来此日ヲ以テ例祭ヲ執行フ」とある。
 又社伝には、景行天皇の朝、皇子日本武尊東征の際、此の地を過ぎた給ふ時、石に腰を掛け暫時此の処に休息さられ、西の方大山を望み指示して大いに喜び給ふ。後、村民永く其の霊跡を存せんとして社を建て尊を祀りしと云い伝えられている。今猶社前には一大石 (凡長さ二尺九寸 幅二尺五寸) が在り腰掛玉石と称する。神社の関係古文書類は、天保四年、鍵取職矢野新兵衞氏居宅の火災により全て焼失した。明治六年村社に列せられ、明治四十二年指定村社に列せられる。
 
 
 
 腰掛神社は『新編相模国風土記稿』の高座郡大庭庄芹澤村の項に腰掛明神社(村の鎮守)として記載されている旧村社で、綾瀬市から茅ケ崎市北部にかけて広がる高座丘陵上の里山の中に鎮座しています。
 
 創祀の年代はわかっていませんが、社伝によると日本武尊が東征の折に通りかかり、暫くのあいだ休息せられた旧跡と伝えられています。本殿の前には、このとき尊が腰を掛けたと伝えられる腰掛石が今も残っていて、これが社名の由来ともなっているようです。
 
 現在の祭神は、境内に掲示してある御由緒によると日本武尊のみ。神奈川県神社庁のホームページでは日本武尊、大日霊貴命、金山彦命、白山彦命、宇迦之御魂命の五柱となっています。
 
 
鳥居
鳥居
腰掛石
腰掛石
 
 ところで『新編相模国風土記稿』では、腰掛石に腰をおろしたのは「大庭の神」と記載されているので、江戸時代には現在の社伝のように日本武尊ではなく大庭の神の旧跡地と伝えられていたことがわかります。
 
 芹澤村の所属する大庭庄は中世に成立した荘園で、その中心地の大庭には式内社の大庭神社が鎮座しています。大庭の神とはこの大庭神社の神のことを言っているのだと思いますが、『新編相模国風土記稿』ではこの伝承をうけて「想うに旅所の跡などにや」と、その関係を推測しています。跡と述べている以上、江戸時代の当時においても腰掛神社と大庭神社の間には直接的な関係はなかったものと思われますが、元々は何らかの繋がりがあったのかもしれません。
 
 さて、『相模の古社』では腰掛神社を一之宮・寒川神社の末社であったとしたうえで次のような伝説を紹介しています。
 
 
   
 
 腰掛神社の境内に、寒川大神の腰掛けられたという石が存している。差渡し85センチほどの石である。ところでこの地方の伝説として、寒川の大神はいずれの地方からか相模国へ来て、この芹沢の地にしばらく逗留され、それから間もなく、北西3キロほどの宮原という地に移ったと言われている。(中略) この宮原部落には、現在も寒川社という小社がある。寒川大神はやがて宮原の地も去って、最後に現在寒川神社のあるところに移って来て、長く居住したということがむかしから伝えられているのである。
                               (菱沼 勇・梅田義彦 『相模の古社』 昭和46年 学生社)
 
 
 
 
 伝説の出典は不明ですが、これによると腰掛石に腰をおろしたのは「寒川大神」であるとされ、この場合は寒川神社の創祀縁起として語られている訳です。
 
 『国造本紀』によると、相武国の初代国造は茅武彦命であるとされています。『相模の古社』では茅武彦の同族である兄多毛比が、西方より初めて武蔵国に来て国土を拓いたとされていることから、「茅武彦も西方より来て、相模国の当時の海岸線であった香川・西久保あたりに上陸し、まず北方近くの芹沢に逗留し、次いで宮原に移り、三転して寒川におもむいて定住したということも考えられる」として、腰掛石にまつわる寒川大神の伝説とは、茅武彦命の業績を神格化した国土開拓の伝説なのではないかと推測しています。
 
 
拝殿
拝殿
 
本殿
本殿
 
 腰掛石に腰をおろしたのは日本武尊か大庭の神か、はたまた寒川大神なのか、もちろんはっきりとしたことはわかりませんが、そもそも腰掛石の伝説は、腰をおろしたとされる神々・人物こそ様々であるものの全国的に見られる伝説で、それほど特別なものではありません。
 
 例えば、同じような伝説が相模国の式内社である寒田神社にも存在していて、境内には日本武尊が腰を掛けたという腰掛石が残っているのですが、これについて『相模の古社』では以下のように考察しています。
 
 
   
 
 
 私は、このような古社の境内にある腰掛石と称せられて古い伝説をもつ石は、遠い昔において、その神社の社殿などのまだ設けられないころに、祭祀の行われた遺跡であったものが多いのではないかと思うのである。(中略) 大場磐雄博士の著書『まつり』によると、長野県と岐阜県との境の神坂峠の、長野県側の麓に、神坂神社という日本武尊を祭神とする神社があり、その境内に、やはり日本武尊の腰掛石といわれる石があるということである。大場博士は、この腰掛石は古来の磐座の遺称であろうといっておられる。寒田神社の境内の腰掛石も、やはり同じような性格のものであろうと思われるのである。
                               (菱沼 勇・梅田義彦 『相模の古社』 昭和46年 学生社)
 
 
 
 
 そうしてみると腰掛神社に残る腰掛石も、元々はこの地で執り行われてきた祭祀の依り代であったのかもしれません。おそらく腰を掛けたとされる神々は、時代々々の状況を反映して変遷するものなのでしょう。現在のような社殿が整えられたのは近年の事としても、腰掛神社の祭祀自体はかなり古い時代にまで遡れるものなのかもしれません。
 
 
 
 訪問したのは五月の下旬。車で腰掛神社に向かいましたが、到着してみると神社周辺には駐車場がなく適当なスペースも見当たりません。仕方がないので、少し距離はありましたが、茅ケ崎里山公園に併設された大きな駐車場に車をとめて歩いて向かうことにしました。せっかくなので公園内を散歩。公園内や周辺には雑木林や谷戸といった里山の景観がしっかり残っていて、本当に気持ちがいいところでした。
 
 
谷戸
茅ヶ崎里山公園内の柳谷戸
谷戸田
谷戸田
 
 この辺りの台地は高座丘陵と呼ばれていますが、形成された時代が古いため侵食が進んでいて、谷戸と呼ばれる小さな谷状の地形が多いことでも知られています。
 
 
 
 文明は大河で育つといいますが、日本の初期の農耕は相模川のような大河の側ではなく、その支流や小川のほとりといったささやかな場所から始まったと考えられています。未熟な灌漑技術では、しばしば氾濫を繰り返す大河川には対抗できなかったからです。
 
 谷戸には台地から湧水がしみ出し湿地が形成されるため、谷戸田と呼ばれる田んぼが古くから営まれてきました。谷戸の湿地は古代の開拓者にとっても利用しやすかったはずで、もしかしたら初期のムラの原型はこんな感じの場所から生まれたのかもしれません。
 
 
石仏
境内入口の石仏
参道
樹木に覆われた参道
 
 境内入口には古い石仏が一体。境内はうっそうとした樹木で覆われていて、鳥居からのびる参道は昼でも薄暗く感じられます。

 
 
  腰掛神社の樹叢
 
   昭和六十一年二月二十一日
   茅ケ崎市天然記念物指定
 
   この社はうっそうとした樹林に囲まれ、往古の面
  影を残しています。境内には雑木が生い茂り、いつ
  も野鳥がよりついています。スギ、ケヤキ、シイノキ
  イチョウなどの大木があり、ことに参道の杉は見事
  で、この神社に独特の趣をそえています。
   近年、都市化の進んでいる茅ヶ崎では、このよう
  な樹叢は少なくなっており、ここはとても貴重なとこ
  ろです。
 
 
 
 拝殿脇には2つ並んで境内社がありますが、名前が書いてないので詳細はわかりません。『神奈川県神社誌』には境内社として伊勢大神、金平大神、稲荷社、白山大神の記載がるので、このうちのいずれかでしょうか。
 
 
境内社
境内社
宮鐘
宮鐘
 
 境内には茅葺屋根の宮鐘も。
 
 
 
 
 参道には狛犬が一対。昭和とか岡崎とか言われるタイプのもの。昭和六十三年五月吉日建立。奉納は腰掛神社氏子一同。施工は叶_奈川石材センターとあります。
 
 
狛犬(左)
狛犬(左)
狛犬(右)
狛犬(右)
 
 
 本殿前にも狛犬が一対。江戸唐獅子とか関東型とか言われるタイプのもの。
 
 
狛犬(左)
狛犬(左)
狛犬(右)
狛犬(右)
 
      大正十四乙丑年
         十月吉日建之
 
 
狛犬(背中)
狛犬(背中)
 
 
 
 
 
狛犬(右)
拝殿の獅子彫刻(右)
 
 社殿を彩る彫刻の造形も見事。
 
 
 
 躍動感と迫力に溢れた獅子です。
 
 
狛犬(左)
拝殿の獅子彫刻(左)
鈴
 
 こちらも使い込まれた鈴。こういった道具一つ一つに味があります。
 
 各地の一之宮や御朱印を頂けるような大きな神社にはさすがの風格がありますが、地域に根ざした小さな神社にもそれぞれ歴史があって思わぬ発見があったりします。なかなか思うように時間がとれませんが、せめて地元の神奈川県の神社だけでもゆっくりとまわってみたいものです。
 
 行きは谷戸の中を通って参拝したので、帰りは丘陵上の道を辿って駐車場へ。豊かな自然林の残るこの辺りの里山の景観は本当に素晴らしいものだと思います。茅ヶ崎にもこんな自然が残っているとは思いませんでした。
 
 
鈴緒
鈴緒
 
 
 
 
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            腰掛神社 訪問
2011/5  
                 登録
2011/6/18