長濱神社 長濱神社
祭神
 阿波当ス
 
旧社格等
 式内 伊豆国田方郡
 長濱神社 小
 
 旧村社
 
住所
 静岡県沼津市
 内浦長浜69
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神社 御由緒 (神社拝殿内掲示より抜粋)
 
延喜式内 長濱神社
御祭神 阿波当ス
天石門別命の女 阿波当スなり
此命召されて事代主命の本后となり給ふ
天石門別命 御門神なり
天孫降臨の時 大神の勅をこうむり思金神 手力男神と共に豊葦原に降り給ひき
 
 長濱神社は延喜式記載の伊豆国田方郡長濱神社に比定されている式内小社で、内浦湾の再奥部、湾を見下ろす小丘の上にひっそりと鎮座しています。
 
 鎮座地の長浜部落が面している内浦湾は北に突出した長井崎と淡島に挟まれた天然の良港で、現在でも恵まれた気候を利用した養殖漁業や特産の内浦蜜柑の栽培が盛んに行われています。
 
境内
境内
鳥居
鳥居
 神社境内の祭祀遺跡からは弥生式土器や土師器の破片などが出土しており、他にも社宝として石器時代の遺物が所蔵されているなど、ここ長浜にはかなり古い時代から人々が住みつき生活を営んできたようです。穏やかで過ごしやすかったのは古代人にとっても同じだったようですね。
 
 
 伊豆国神階帳に「四位上長濱の明神」と記されているのは当社のことで、元禄十一年(1698)に再建され、以降は神明社と呼ばれていたようですが、明治三年に再び長濱神社に名を復して今日に至っています。
 
 
 かつて神明社と称していたころは天照皇大神が祭神とされていたようですが、現在は阿波当スとなっています。祭神が阿波当スとされるようになったのは「増訂豆州志稿」の次の記事の影響が大きいようです。
 
 「長濱神社。長濱村、村社、祭神阿波当スなるべし、式内長濱神社也。按ずるに、当社は神集島長濱神社の分祀にて、阿波当スを祀るならん」
 
拝殿
拝殿
本殿
本殿
 神集島は神津島のことで、ここには阿波当スを祭神とする式内名神大社の阿波神社が鎮座しています。阿波神社は所在地の地名をとって長濱明神とも呼ばれており、田方郡長濱神社はこの長濱明神を分祀したもので、祭神も同じく阿波当スであろうという訳です。
 
 
 ところが、当社にはそういった伝承はなく、また、神津島から伊豆半島の長浜へ島民が渡来してきたというような証拠もないようで、式内社調査報告書では「長濱神社あるいは長濱明神というのは、たまたま両所にそのような地名があって、その地名も長い浜辺という自然地形より生じたものであるから、両式内社に本所、分祀の関係があったとは思われない」とこの説を否定しています。
 
 とすれば、当社が成立した当初はどのような神が祀られ、どのような人々に奉祀されていたのでしょうか? 先の式内社調査報告書では次のように推測しています。
 
 「筆者の考えでは、長濱神社の起源は、はるか昔に長濱の地に住みついた人たちが、ここから淡島を拝し、この秀麗な島山を神の山として、これを祭ったことにあると思っている。したがって、当社の最初の祭神は、何々の命といった人格神ではなくて、美しい淡島そのもの、あるいはこの島山の山霊であったと考えるのである」
 
 
 先に述べたように、気候に恵まれた長浜には漁撈を中心とした集落がかなり古くから発達していたと考えられています。この説に従うと当社は彼らが豊かな自然の恵みに対して行っていた原始的な祭祀が起源ということになります。
 
 長浜の浜辺からは神奈美型の形良い淡島が望め、信仰の対象として祀られたというのも納得の美しさです。
内浦湾と淡島
内浦湾と淡島
 
 
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 参拝したのは9月某日。式内社調査報告書記載の小さな地図を頼りに車を走らせますが、神社の場所がイマイチわかりません。地図だとトンネルの上にあるみたいなんだけど、どこから登るんでしょうか?
 
 結局、県道を行ったり来たりしたあと、長浜集落の中で見つけた観光案内所でようやく神社の場所がわかりました。神社には駐車場がないという話なので、車は観光案内所にとめて歩いて参拝。
 
 神社の場所ですが、沼津側から向かう場合、三津シーパラダイスの先にあるトンネルを過ぎて、すぐ右手の小道を登ったところにあります。境内は狭いので、車は観光案内所にとめさせてもらうのが無難でしょう。観光案内所はトンネルからもう少し先、県道沿いにあります。
鎮座地遠景
トンネルの上の小丘が鎮座地
 
 樹下の小道を登って神社へ。こぢんまりとまとまった境内ながら、古木の合間から木漏れ日が射しこみ、なかなか良い雰囲気です。
 
 ところで当社は、大正の初めごろに同じ長浜集落の小比叡神社に合祀されて一たん廃絶していたことがあります。ところが、合併後間もなく長浜村に疫病が流行し、これが神社を移したことに対する神罰があたったものと恐れられて再び旧地に戻されたという経緯があります。現在の社殿は更に昭和二十四年に再建されたもの。
 
 
狛犬(左)
狛犬(左)
 
狛犬(右)
狛犬(右)
 
 
 
 拝殿の前には苔むした狛犬が一対。左右の狛犬とも玉に足を掛けているのはちょっと珍しいかも。尻尾は左右に分かれているようにも見えます。なかなか個性的なデザインで古いものかと思ったら、昭和四十一年と比較的新しいものでした。つい最近までこんな個性的な狛犬も彫られていたんですね。
 
   昭和四十一年建之
    長浜区
    菊長
     石留 刻
 
狛犬(後ろ姿)
狛犬(後ろ姿)
 
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     長濱神社 訪問 2009/9
          登録 2009/10/3