洲崎神社 洲崎神社
祭神
 天比理乃当ス
 天太玉命・天富命(相殿)
 
旧社格等
 式内 安房国安房郡
 后神天比理乃当ス神社 大
 元名洲神
 
 安房国一の宮
 
 旧県社
 
住所
 千葉県館山市
 洲崎1697
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神社 御由緒 (神社境内掲示より抜粋)
 
当社は延喜式神名帳に「后神天比理乃当ス神社大 元名洲神」と記され、天太玉命の后神を祀る式内大社で、元の名を洲神と称した。
当社は宝暦三年(1753)の「洲崎大明神由緒旧記」によると、神武天皇の御宇、天富命が御祖母神天比理乃当スの奉持された御神鏡を神霊として、洲辺の美多良洲山に祀られたことに始まる。
鎌倉時代の治承四年(1180)安房に逃がれた源頼朝が、戦勝と源氏再興を祈念して神田を寄進、後、妻政子の安産を祈願している。室町時代には江戸城を築いた太田道灌が、江戸の鎮守として明神の分霊を勧請したと伝えている。房総里見氏も当社を尊崇して、七代義弘が神領五石を寄進し、江戸幕府もこれに倣って朱印状を下した。幕末の文化九年(1812)房総沿岸警備を巡視した老中松平定信は「安房国一宮 洲崎大明神」の扁額を奉納している。
神位は平安時代に正一位、鎌倉時代に元寇戦勝祈願の功により勲二等に叙せられ、明治六年(1873)県社に列せられた。往時、別当寺は養老寺など五ヶ寺を数えた。洲崎明神は古来伝承されている数々のあらたかな霊験から、安産・航海安全・豊漁・五穀豊穣や厄除開運の守護神として信仰が厚く、現在に及んでいる。
祭礼は二月の初午と八月二十日・二十一日の例大祭があり、共に文化庁選択記録保存・県指定無形民俗文化財の洲崎踊り(鹿島踊りと弥勒踊り)が奉納される。八月の例大祭には勇壮な神輿の渡御や浜祈祷も行われる。
社宝である養老元年(717)万治二年(1659)宝暦三年の各縁起や御神体髪などのほか、江戸時代延宝年間の改築とされる神社本殿は、共に市指定有形文化財であり、神社の鎮座する御手洗山は洲崎神社自然林として県指定天然記念物となっている。また随身門は宝永年間の造営、矢大神・左大神像は明治三年の作とされている。
 
 洲崎神社は房総半島の西南端に位置する洲崎に鎮座する式内論社です。この神社には房総開拓に従事した天富命の祖母にあたる天比理刀当スが祀られています。
 
 神社は御手洗山の中腹に鎮座していますが、この山の西斜面は古来より斧鉞不入の神域として今でも自然林が残っており、県の天然記念物に指定されています。
 
鳥居と御手洗山
鳥居と御手洗山
随身門
随身門
 社伝によると当社の成立は神武天皇の時代に遡り、房総開拓に従事した天富命が祖母にあたる天比理刀当スをこの地に祀ったのが始まりとされています。
 
 また、「安房忌部家系」にも天比理刀淘蜷_についての記述があります。これによると色弗の兄子麿の第四子加奈万呂が安房忌部家の養子として安房神社の祠官となり、養老4年(720)に洲崎に仮宮を建てて天比理刀当スを祀ったのが洲崎神社の創始とされています。
 
 「吾妻鏡」には石橋山の戦いに敗れた源頼朝が海路安房に逃れ、洲崎明神に参詣して源氏再興を祈願し神田を寄進したとあります。
 
 下って室町時代には太田道灌が江戸の鎮守として当神社の分霊を勧請するなど武家からの崇敬が篤く、松平定信が奉納した「安房国一宮洲崎大明神」の扁額も掲げられています。
 
長い階段
長い階段
 
 古く安房国一の宮は、延喜式の名神大社である安房神社であったことは間違いないと思います。ただ安房国一宮の扁額が当社に奉納されていることからも、いつの時代にか洲崎神社が一宮として扱われるに至ったようです。頼朝が信仰して以来、武士の世の中に移り変わっていく中で、徐々に当社の崇敬が篤くなっていった結果かもしれません。
 
 「日本の神々(白水社)」にはこの理由について、慶長2年(1597)の著とされる「金丸家系累代鑑」に「洲崎神社と洲宮神社が同一神を祀る拝殿と本殿の関係にあり、巡拝の順序からすれば洲崎神社が一之宮、洲宮神社が二之宮である」と記されたことにより洲崎神社が今でも一の宮と呼ばれているのではないかと推測しています。(なお、安房神社には明和5年(1768)奉納の「当国一ノ宮」の扁額がありあます)
 
 
鳥居
鳥居
 
手水舎
手水舎
 
安房国一宮洲崎大明神
安房国一宮洲崎大明神
 
洲崎神社拝殿
洲崎神社拝殿
 洲崎神社本殿は江戸時代前期の造営とされる三間社流造の銅版葺きで、祭神として天比理乃当スを、相殿神として夫神である天太玉命と孫神である天富命を祀っています。
 
 境内には長宮(左から大物主命・建速須佐之男命・大山津見命・豊玉彦命を祀る)、金毘羅神社、稲荷神社があります。
 
 洲崎の沖合いは「汐のみち」と呼ばれ、昔から海の難所として知られていた所です。このため神社には航海安全祈願の絵馬が数多く奉納されてきました。
 
 急な石段を登って振り返ると境内の木々の間から太平洋が望めます。実家近くの神社も同じく長い石段があり、境内からは街並みや日本海が望めます。景色が記憶と重なり、少し懐かしい思いがしました。
 
 
洲崎神社本殿
洲崎神社本殿
 
 
長宮
長宮
 
金毘羅神社
金毘羅神社
 
稲荷神社
稲荷神社
 

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     洲崎神社 訪問 2005/2
          登録 2008/3/6