一ノ沢峠・物見峠 一ノ沢峠・物見峠周辺地形図
 
 
 2007/3/18
 (晴)
 
8:09  ヤビツ峠バス停 761m 13:51  物見峠 630m
9:14  札掛        (小休止 27分)  
10:25  一ノ沢峠 580m 15:25  煤ヶ谷バス停  
     (小休止 33分)        
11:25  黒岩                     総時間:7時間16分
                     (歩行時間:6時間16分)
 マイカーを使って縦走登山をしようとすると、いつも頭を悩ますのが、スタート地点までどうやって戻ってくるかということです。それでも登山の場合は、昨今のブームのおかげか周回コースも計画しやすいのですが、峠越えともなると容易ではありません。
 
 本来、峠をはさんだ2地域は強い繋がりで結ばれていたものですが、峠の衰退とともにその交流も途絶えてしまうことが多いようです。それはバス路線にも現れていて、峠をはさんで、まるっきりあさっての方向に運ばれてしまうことも少なくありません。日本全国、歩いてみたい峠は数多くあるものの、これがネックでなかなか実現できないでいます。
 
 そうなると目が向くのは、やはり現住地である神奈川県の峠です。神奈川県立図書館で見つけた「かながわの峠(植木知司著)」には、県内の峠が81ヶ所にわたって紹介されています。神奈川県の峠と言えば、箱根峠など有名な峠しか知らなかったので、正直、こんな身近な所に静かな峠が残っているとは思いもしませんでした。
 
 一ノ沢峠と物見峠。この2つの峠も、「かながわの峠」で知った峠の一つです。丹沢の札掛から清川村の煤ヶ谷へ至る峠道は、かつての森林巡視道。しかし、現在ではその役割を終え、黒岩から物見峠までの道は「昭文社・山と高原地図」から廃道として削られてしまっています。完全に自然と同化する前に歩いておきたいところですが、そうなると歩ける季節は限られてきます。というのも、東丹沢周辺は今や山ヒルの住処と化していて、のんびりと峠を歩くには不向きな場所なのです。そこで、春の訪れにはまだ早い3月半ば、越冬中のヒルが起きてくる前に、かつての巡視道を辿ってみることにしました。
 
 
 @ ヤビツ峠バス停
 
 
 早朝の電車に揺られ、小田急秦野駅に到着したのが7時16分。7時35分の始発バスに乗るため余裕を持って到着したつもりでしたが、既にバス停には登山者の列。結局、ヤビツ峠までずっと立ったままでした。満員といっても、一般客は途中で降りた2人だけ。この路線、ほぼ登山者で成り立っているようです。
 
 曲がりくねった道のおかげで、すっかり車酔いした私を乗せたバスは、30分後にようやくヤビツ峠に到着。気持ちが悪くて動けない私を残して、皆さっさと目的地へ向けて出発していきます。多くは塔ノ岳へ、2割くらいが大山でしょうか。今日は快晴。バスの窓からは富士山がくっきりと見えていました。表尾根では、きっと最高の稜線歩きが出来るに違いありません。少し迷いましたが、そんな浮気心を振り切って予定通り札掛へと歩き始めました。
 
 札掛までは県道歩きとなりますが、ヤビツ峠から門戸口までは登山道でショートカットできます。登山道入り口はヤビツ峠のトイレ裏手ですが、ここで一人の男性に声を掛けられました。「門戸口までの道はここであってるの?」 見ると、山と高原地図では実線で描かれていますが、実際にはいかにも頼りなさそうな細道が伸びています。「たぶんあってますよ」と返して先へ行きます。
 
ヤビツ峠バス停
ヤビツ峠バス停
 
 歩いてみると、一部道が崩れていたり、踏み跡も所々不明瞭。「道があった」などと、後ろから声が聞こえてきます。これは、破線に降格するのも時間の問題かもしれません。
 
 県道に出たあとは、舗装路歩きとなります。あれだけいた登山者の中でも、札掛へ向かうのは先の男性のグループ3人だけ。彼らは長尾尾根を登るのだそうです。日の差さない谷筋の風はまだまだ冷たいですが、道の脇に咲くミツマタの黄色い花が春の日の訪れを告げていました。
 
 
 
 A 札掛
 
 藤熊川の流れに沿って歩くこと1時間、ようやく札掛に到着です。
 
 かつて、ここには札掛の名前の由来にもなった大ケヤキがたっていました。樹高24m、幹周り6.4mもあったそうですが、昭和12年、台風で傷つき枯死してしまいました。(台風による山津波によって根こそぎ押倒されたという話もあります)
 
札掛森の家
札掛森の家
 
 「丹沢今昔(奥野幸道著)」には、この大ケヤキの姿を収めた貴重な写真が掲載されています。ごつごつした幹にすくっと直立した姿。写真には比較物がないので、その大きさを感覚的につかむことが難しいのですが、別の本には「斯程の巨樹は全山中匹敵するものがない」とも書かれており、相当の大きさだったのだと思います。現在、この姿を見ることが出来ないのは本当に残念です。
 
 
恩賜林記念碑
恩賜林記念碑
 ところで、この辺りを札掛と呼ぶようになったのは、比較的近世のことと考えられています。
 
 江戸時代、東丹沢一帯は幕府直轄の御留山として付近の村人であっても許可無く伐採することが禁じられ、一枝折れば一指切り落とすと言われたほどの厳しい管理下にありました。とは言うものの、良木であるだけに盗伐も多く、幕府は山麓の4ヶ村(後に5ヶ村)に森林巡視の役を命じ、盗伐の取り締まりを行っていました。山巡り役は確かに巡回したという証に、番札を大ケヤキに掛けるようになり、いつしか、この地を札掛と呼ぶようになったと言われています。
 
 
 ちなみに、札掛と呼ばれる以前は、この辺りのことを丹沢と称していたようです。「新編相模國風土記稿」によると、丹沢山という地名は、現在の一等三角点のある山頂を指していたのではなく、かつては、札掛周辺のごく限られた山域を漠然と指した呼称であったことがわかります。
 
 現在、道路脇に恩賜林記念碑が建つのみで、札掛のかつての姿を留めるものは何もありません。案内板などもなく、由来を知らなければ通り過ぎてしまいそうです。本日はここがスタート地点。痕跡は乏しいですが、森林巡視役の雰囲気だけでも味わいながら峠道を辿ってみたいと思います。
 
 
 B 一ノ沢峠
 
 札掛から県道を歩くこと10分、「東丹沢県民の森」案内図の立っているところが物見峠入口。ずっと舗装路歩きでしたが、ようやくここから登山道となります。
 
 道路脇で少し準備を整えます。まず、スパッツに虫除けスプレー。昔、藪山でダニにたかられて以来、これらは必須アイテムになっています。残念ながらヒルに防虫剤は効かないようですが、ダニには効いている気がします。
 
物見峠入口
物見峠入口(宮ヶ瀬方面から)
布川にかかる橋
布川にかかる橋
 それから地形図にコンパス。これらをビニールケースに入れて首から提げておきます。これなら地図の確認も面倒にならないので、難しそうな道を歩くときにはいつもこの格好です。
 
 県道からは斜面を下り、いったん布川の川辺に出ます。ここには、立派な橋が架けられていました。この辺までは、整えられた登山道という印象だったんですけどね。(^_^;)
 
 
 橋で対岸に渡った後は布川右岸の水平道を進み、やがて登山道は本流から離れて小さな沢沿いの道へと変わります。登山口の案内板によると、これは二ノ沢のようです。峠名になった一ノ沢はもう一つ北の沢みたいですが、かつての峠道はどちらに付けられていたのでしょうか?少し興味の引かれるところです。
 
 二ノ沢には古い木橋が架けられており、これを渡ってしばらく進むと、二つの沢が合流する地点に到着します。沢の出合いには指示板が立てられており、ここは左へ進みます。
 
二ノ沢の橋
二ノ沢にかかる木橋
 
峠道
札掛から一ノ沢峠への峠道
 
 沢沿いの踏み跡をわずかに進んだところで、左手の尾根に取り付きました。急勾配の登り坂で小尾根を一ノ沢側に乗り越すと、あとは峠までトラバース道が続きます。
 
 この水平道ですが、写真のように崩れた土砂が登山道を覆ってかなり危険な箇所もあります。登山道の側面を保護する木板も所々崩れ、木橋もだいぶ古くなっていてかなり不安。そのうち斜面と同化してしまうのではないでしょうか?
 
崩れた斜面
崩れた斜面
 
 沢の反対側に目をやると、冬枯れた木々の間に常緑の大樹が目立ちます。江戸幕府によって厳しく守られていた丹沢の原生林ですが、大戦中には帝國陸軍から軍需用木材として伐採要求が出されたこともありました。林務課長であった南条完二は「丹沢の森林に関する学術考証に欠かせない貴重なもの」と主張し、軍部の要求を拒否したといいます。以来、この辺りのモミ林は「考証林」と呼ばれ、多くの老木を残した自然林として現在に至っています。今日、丹沢札掛周辺のモミ林は「神奈川県指定天然記念物」また、「かながわの美林50選」に選ばれ保護されています。
 
 そんな森の中の傾いた登山道を恐る恐る歩き、ほどなく一ノ沢峠に到着しました。
 
 
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一ノ沢峠
 一ノ沢峠
 
 
 
 一ノ沢峠は杉やモミの巨木に囲まれた静かな峠でした。木製のテーブルが一つ。木漏れ日が優しく差し込みます。荷物を置き、テーブルに寄りかかってしばしの休憩・・・。
 
 峠の東側は杉の植林帯ですが、西側にはモミの原生林が広がり、老木が陽光を遮って地面に濃い影を落としています。木漏れ日の射し込んだところだけ暖かく照らされ、樹下の暗さに慣れた目には眩しいくらいです。
 
モミの巨木
モミの巨木
 
 峠には大山北尾根からの登山道もあわさります。山と高原地図では点線で記載されている登山道ですが、道形はしっかりとしており問題なく歩けそうです。ここもいつか歩いてみたい所の一つです。
 
 一ノ沢峠は本日の行程の半分くらい、あまりゆっくりしている訳にもいきません。周囲の光景をもう一度見回して、雰囲気のよい峠をあとにしました。
 
 
 C 黒岩
 
 峠に立てられた案内標識に従い、杉林の道を黒岩に向かって下ります。峠からはわずかな時間で唐沢林道に出ることが出来ました。
 
 一ノ沢峠から林道までの登山道は、札掛側と違ってしっかりしています。札掛からの道が崩壊しても、最悪こちらから峠に行くことが出来そうです。もっともこの場合、もう「峠」と言えるかどうかは不明ですが。
 
一ノ沢峠への登山口
唐沢林道から一ノ沢峠への登山口
 
 黒岩への登山口は、一ノ沢峠から林道に下りてきた所の斜め向かい側にあります。ここには手書きの案内板がたてられていました。なんでも黒岩〜物見峠間の登山道が崩落しているため通行できないとのこと。物見峠までは唐沢林道で迂回できると書かれています。
 
 確かにこのまま唐沢林道を歩いていけば物見峠へ行くことが出来そうですが、これでは面白くありません。通行禁止とは書かれていないので、行ける所まで行ってみることにしました。ちなみに、この場所にはもうひとつ手書きの案内板があって次のように書かれています。
 
 「ヤマビル」にご注意。ヤマビルは血を吸う「ヒル」ですが、シャクトリ虫のような動きをして足元からはい上がります。毒はありませんが、吸われるとかゆく、血がなかなか止まりません。四〜九月頃、このコース付近に多く発生しています。
 
 もうすぐ4月ですが、今日はいないことを祈ります。
 
黒岩への登山口
黒岩への登山口
 
案内板
登山道崩落を伝える案内板
 
 
 林道から登山道を下ると唐沢川のほとりに出ます。しかし、ここには唖然とする光景が待っていました。
 
 見ると、唐沢川に架かっていたと思われる橋が完全に壊れ、半分以上水没してしまっています。破線の登山道なので覚悟はしていましたが、いきなりこの状況とは・・・まったく先が思いやられます。やれやれ・・・。
 
 
完全に壊れた橋
唐沢川にかかる橋 完全に流されている
 
 
 靴を脱いで渡渉しようかとも思いましたが、この辺り、唐沢川が流れを北に変える地点にあたるので淵のようになっていて結構水深があります。おまけに山肌が水際まで迫っているので、渡渉点を探そうにも場所を移すことすらできせん。
 
 しばらく悩んだすえ、傾いた木橋をよじ登り、木の枝を掴みながら山の急斜面をトラバース。水深が浅いところを見つけて川に降り、浮石を伝ってようやく対岸に渡ることが出来ました。後で思い返すと、ここが一番の難所だった気がします。
 
 川原から山の斜面を数メートル登ったところが黒岩。黒い岩でもあるのかと思っていましたが、何の変哲も無いところでした。かつては名前の由来になった岩があったのかもしれません。
 
 道は左右に分かれており、唐沢川の流れに沿って下れば2.1kmで唐沢キャンプ場に至ります。物見峠へは、唐沢川の上流に向かって右手の登山道を進みます。ここからは2.8kmの道のりです。ここにも登山道の崩落を告げる案内板が立てられていました。
 
黒岩
黒岩
 
 D 物見峠
 
 黒岩からしばらくは唐沢川の右岸につけられた登山道を歩きます。この辺りは道もしっかりしていて、側面は石積みで補強されていました。
 
 日も高くなり、ようやく谷筋の道も明るくなってきました。新緑の季節にはまだ早く、陽だまりの林をのんびり歩くには最適な季節です。
 
登山道
登山道
鹿防護柵
鹿防護柵
 その後、道は川の流れから少し離れ、鹿よけの柵を越えて杉の植林の中へと続きます。
 
 丹沢にはこの手の鹿よけ柵があちこちに設置してありますが、メンテナンスがしっかりしているものはあまり見かけません。このフェンスもところどころ破れ、与えられた役目はとっくに放棄されているようです。
 
 杉林の中の登山道は明瞭ですが、道の上には厚く苔が生え、あまり歩く人のいないことが伺い知れます。
 
 やがて鹿よけの柵をもう一つ越えて川べりの道に戻りました。
 
2つ目の鹿防護柵
2つ目の鹿防護柵
崩落した登山道
崩落した登山道
 このあたりから道形がやや怪しくなります。写真のトラロープが張られた所など、道が完全に崩れていました。乾いた細かい土で、足を乗せるとサラサラ崩れる嫌らしい斜面です。
 
 
 危険な箇所を何とか越すと、行く手にフェンスが現われ、その先には大きな堰堤も見えてきます。
 
 フェンスに沿って進むと、広い川原のようなところに出ました。堰堤が土砂をせき止めて出来たものでしょうか? 狭い谷間の登山道の中にあって、ここはだけは空が大きく感じられ、なんだか不思議な空間でした。
 
 
フェンスと堰堤
フェンスと堰堤
広い川原
広い川原
 
 
 この川原で唐沢川と物見沢が合流します。唐沢川を右手に見送って、ここからは物見沢に沿って歩くことになります。
 
 広い川原は気分よく歩けますが、どこでも歩けるだけに踏み跡も不鮮明になるのが困りものです。地形図を見ると、そろそろ物見沢の左岸へ渡るはずなのですが・・・。
 
 
唐沢川と物見沢の出合い
 
 
 注意しながら歩いていると、ほどなくして沢に木橋が架かっている所にたどり着きました。ここには案内標識も立てられています。この登山道は、「通行できません」という警告のあった道ながら、要所要所に新しい標識が立てられているので助かります。
 
 
案内標識
案内標識
物見沢に架かる木橋
物見沢に架かる木橋
 沢を左岸に渡った後は、少し戻るようにして植林地の斜面を登ります。すぐ上には唐沢林道のガードレール。最悪道がわからなくなっても、斜面を少し登れば平行してつけられた林道に出ることができます。頼りない道を一人で歩いていると流石に心細く、ガードレールが見えたときには少しほっとしました。
 
斜面を登る
斜面を登る
丸淵
丸淵
 ここからしばらくは杉林の中につけられた水平道を歩きます。物見沢はこの辺りで少し厳しい様相を見せ、小さな滝なども現われます。
 
 左手から小さな沢(後で調べたところ、一ノ宮沢と言うらしい)が流入している所の上部が丸淵と呼ばれる淵。丸淵と言っても登山道から見おろすと菱形に見えます。ここにも案内標識があり、物見峠まで1.6kmとのこと。まだまだ先は長いですね。
 
 丸淵の先で物見沢を右岸に渡ります。更に先では、右手から小さな沢(名前はわかりません)が流入してきますが、このまま物見沢の右岸を進みます。
 
 登山道は思っていたよりもずっとしっかりしていますが、写真のように突然潅木が行く手を塞いでいたりします。古い道を歩くと、突然道形が怪しくなったり、また明瞭な踏み跡が現われたりして不思議に思いますが、このようにして部分的に廃道化していくもののようです。
 
潅木が道をふさぐ
潅木が道をふさぐ
沢沿いの登山道
沢沿いの登山道
 この辺りまで来ると、登山道の下に見えていた沢がすぐ脇を流れるようになります。道に不安はあるものの、体力的には余裕のある行程。せせらぎの音を聞きながらの山歩きは本当に気持ちいいですね。
 
 
 地形図を見ると、先ほどの支沢の流入点をしばらく進んだところで沢を左岸に渡るようです。右手に注意しながら歩いていると、行く手に石積みの堰堤が現われ、これを2つ越えたところに左岸に渡る木橋が架けられていました。
 
 ふと川面に目をやると、沢の中にある岩の表面が白く変色しています。ちょうど水面に沿って何かが析出しているようですが、沢水の成分でしょうか?
 
 
石積みの堰堤
石積みの堰堤
沢の中の石
縁が白い沢の中の石
 登山道の上を見上げると唐沢林道のガードレールがすぐそこに見えます。峠に向かって物見沢も高度を上げ、とうとう林道に追いついてしまいました。どうやら峠道も終わりが近づいてきたようです。
 
唐沢林道のガードレール
唐沢林道のガードレール
崩れた橋
崩れた橋と登山道
 しかし、ここからの道が悪いこと! 写真は振り返って撮ったものですが、ご覧の通りで道形も怪しく、木橋は腐って崩れ落ちています。
 
 わずかな道跡をたどって斜めの斜面を無理やり進みましたが、これなら沢床を登ったほうが良かったかもしれません。
 
 
 この辺りでは物見沢の流れもすっかり涸れています。傾いた木橋をいくつか渡り、最後は崩れた斜面をずり落ちながら右岸へと渡りました。
 
 
傾いた木橋
傾いた木橋
道は崩れた斜面の下
道は崩れた斜面の下
 そこから少し進んだところに、再び左岸に渡る木橋が架けられています。この橋を渡ったところで物見沢から離れます。案内標識は立てられていませんが、そのまま沢を詰めてはいけません。
 
 木橋を渡った後、物見峠へは来た方向に少し戻るようにして、右手尾根の斜面を登ります。今は木橋が目印になりますが、腐って自然に還ったあとは迷いそうなポイントです。
 
物見沢を離れる
物見沢を離れる
 
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 斜面を登り小尾根の反対側に回り込みます。道脇には椿の赤い花。冬枯れた景色の中で、今日初めて見る鮮やかな色彩に、はっと目を奪われます。正面には空をV字に切り取った空間。ようやく物見峠に到着です。
 
 
 
物見峠
物見峠
 
 
 
 峠のテーブルに荷物をおろし、ほっと一息。頼りない山道で緊張していた為か、なんだか随分長く歩いていた気がします。
 
 昔の厳しい峠道はウソのようだ。完備された峠越えのハイキングコースが、一ノ沢峠を越えて札掛へとのびている。
 
 「かながわの峠」にそう記された物見峠ですが、徐々に昔の姿に戻りつつあるようでした。
 
物見峠
峠にはテーブルが一つ
物見峠の道標
物見峠の道標
 現在の峠は十字路になっており、辺室山、三峰山へ尾根通しの登山道がのびています。もっとも、札掛・黒岩方向には登山道の崩落を知らせる案内板が立てられており、実質三叉路のような状況です。
 
 峠には土山峠から来たという男性が一人。「通行できません」と書かれた札の後ろから、ゴソゴソと登場したので随分驚かれました。
 
 
 太陽は私と逆方向に峠を越え、これから下る峠道はすっかり山陰に入ってしまった様子。3月の日陰はまだまだ寒く、ここで遅い昼食をと思っていましたが凍える前に出発することにしました。
 
 物見峠からしばらくは尾根筋の道を進みます。ここも斜面崩壊でしばらく不通だったようですが、歩いた時にはきれいに修復されていました。
 
 時折、谷間の向こうに遠く相模野の街並みを望むことが出来ます。江戸時代、村人が森林監視に丹沢を巡った頃には札掛に住む人も無く、随分心細い峠道だったことと思います。役目を終えた帰路、峠から麓の村々が見えたとき、ようやく人心地ついたのではないでしょうか。
 
 
煤ヶ谷へ
煤ヶ谷へ
山間から見る街並み
谷間から望む街並み
 尾根にのったあとは、薄暗い植林の中を進みます。壊れた鹿除けの柵が2つ。新しい堰堤が見えてくると麓はもうすぐです。
 
 堰堤の前にはヒルの駆除を訴える掲示があり、備え付けのプラスチックケースの中には塩まで用意してありました。どうやら登山者が山から運んでくるヒルの害は相当ひどいもののようです。
 
新しい鹿よけのフェンス
真新しい鹿よけの柵
ようやく麓へ
ようやく麓へ
 真新しい鹿除けのフェンスをくぐって煤ヶ谷へ。
 
 斜面を見ると春の花スミレが所々群落をつくっており、周囲も里山らしい雰囲気になってきました。
 
 ヤビツ峠から7時間あまり、煤ヶ谷のバス停に到着です。次のバスが来るまで30分。仏果山に登ってきた来たという男性、谷太郎川に行って来たという釣師の男性と3人で雑談しながらバスを待ちます。
 
 バスは定刻通りに到着。程よい疲れから、本厚木駅に到着するまでずっと夢の中でした。
 
煤ヶ谷の登山口
煤ヶ谷の登山口

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   一ノ沢峠・物見峠 訪問 2007/3/18
               登録 2008/3/2